

この記事の著者:吉田 武(獣医師・皮膚科認定医)
臨床歴15年。年間3,000件以上の皮膚・耳トラブルを診療。「おうちケアは頑張りすぎない」をモットーに、飼い主さんが無理なく続けられる現実的なケア方法を提案しています。
愛犬が最近、しきりに後ろ足で耳を掻いていたり、頭をブルブル振ったりしていませんか?
あるいは、抱っこした時に耳元から「ツンとする酸っぱい臭い」がして、「もしかして病気? 私がちゃんと掃除してないから?」と不安になって検索したのではないでしょうか。
ネットで調べると、「洗浄液を耳の中にドボドボ注いで揉む(オチック)」という方法が出てきますよね。
でも、正直なところ「そんな怖いこと、私にはできない…」「もし愛犬が暴れて傷つけてしまったらどうしよう」と、画面の前で立ち尽くしてしまっているかもしれません。
安心してください。
獣医師として、そして一人の愛犬家として断言します。
お家での耳掃除に、洗浄液をドボドボ注ぐ必要はありません。
実は、初心者の飼い主さんにとっては、「見える範囲を拭くだけ」のケアこそが、愛犬を傷つけない100点満点の方法なのです。
この記事では、不器用な方でも絶対に失敗しない、愛犬に嫌われない「最低限かつ十分な」耳掃除の方法を、獣医学的な根拠に基づいてお伝えします。
今日から、「やらなきゃ」というプレッシャーを手放して、愛犬とのリラックスタイムを取り戻しましょう。
なぜ、お家ケアは「見える範囲を拭くだけ」でいいのか?
「耳の奥まで掃除しないと、汚れが溜まって病気になっちゃうんじゃない?」
真面目な飼い主さんほど、そう心配されるかもしれません。しかし、犬の体には素晴らしい機能が備わっています。
犬の耳には「自浄作用」がある
実は、健康な犬の耳には「自浄作用(じじょうさよう)」という機能が備わっています。
これは、耳の奥から外側に向かって、皮膚がベルトコンベアのように移動し、耳垢や汚れを自然に外へ排出する仕組みのことです。
つまり、自浄作用と耳掃除は、ある意味で対立する関係にあります。
私たちが良かれと思って綿棒で奥を触りすぎると、この繊細なベルトコンベアの動きを邪魔してしまい、かえってトラブルを招くことになるのです。
だからこそ、お家でのケアは「ベルトコンベアによって外まで運ばれてきた汚れ」を拭き取るだけで十分なのです。
汚れを押し込む「L字型構造」のリスク
また、犬の耳の構造も理解しておく必要があります。
犬の耳道(じどう)は、人間と違って「L字型」に曲がっています。

このL字の曲がり角の奥は、非常にデリケートです。
綿棒で掃除しようとすると、L字の角に耳垢を押し固めて栓をしてしまったり、最悪の場合、鼓膜を傷つけてしまうリスクがあります。
L字型構造という特徴があるからこそ、洗浄液を注いで洗う「オチック」は、液が奥に残って蒸れやすく、難易度が高いのです。 プロではない私たちが無理に行う必要はありません。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 「耳掃除は月1〜2回、見える範囲だけ」と割り切りましょう。
なぜなら、私が診察室で出会う外耳炎の多くは、「飼い主さんが頑張って掃除しすぎたこと」がきっかけで悪化しているからです。触りすぎないことが、最大の予防になります。
【写真で解説】3分で完了!愛犬が嫌がらない「拭くだけ耳掃除」の手順
それでは、実際に「拭くだけケア」の手順を見ていきましょう。
ポイントは、「洗浄液を耳の中に注がない」ことと、「指が届く範囲しか触らない」ことの2点です。
準備するもの
- コットン(脱脂綿): 2〜3枚
- 犬用イヤークリーナー: 必ず「アルコールフリー」のもの(後ほど詳しく解説します)
- ご褒美のおやつ: これが一番重要です!
ステップ1:コットンを「ひたひた」にする
まず、コットンにイヤークリーナーをたっぷりと染み込ませます。
「もったいない」と思って少なめにすると、乾いたコットンの繊維が耳の皮膚を擦ってしまい、痛みの原因になります。
指で押すと液がじゅわっと滲み出るくらい「ひたひた」にするのがコツです。
ステップ2:耳をめくって保定する
愛犬におやつを見せたり、声をかけたりしてリラックスさせます。
片手で耳の付け根を優しく持ち、耳介(じかい:耳のヒラヒラした部分)を裏返して、耳の穴が見える状態にします。
ステップ3:指に巻いて優しく拭う

人差し指にコットンを巻き付け、「指が届く範囲のヒダ」の汚れを優しく拭き取ります。
ゴシゴシ擦るのではなく、汚れを吸着させるイメージです。
ここで重要なのは、絶対に指を耳の穴(奥の暗い部分)に突っ込まないこと。
表面のヒダヒダが綺麗になれば、それでケアは完了です。
最後に「いい子だね!」とたくさん褒めて、おやつをあげましょう。
「酸っぱい臭い」は要注意!病院へ行くべき危険なサイン
「拭くだけでいいのは分かったけど、うちの子の耳、すごく臭うんです…」
もし、愛犬の耳から独特の酸っぱい臭いがしていたら、それは掃除不足ではなく、病気のサインかもしれません。
臭いの正体は「マラセチア」かもしれない
犬の耳トラブルで最も多いのが、「マラセチア性外耳炎」です。
マラセチアとは、犬の皮膚に常在している酵母(カビの一種)です。
普段はおとなしいのですが、湿気や体質によって異常増殖すると、あの独特な発酵臭や酸っぱい臭いを放ちます。
ここで重要な関係性を覚えておいてください。
「マラセチアの増殖」が原因で「酸っぱい臭い」という結果が起きています。
つまり、これは「汚れ」ではなく「感染症」なので、いくら自宅で掃除をしても治りません。
むしろ、掃除の刺激で炎症が悪化することもあります。
以下のチェックリストに一つでも当てはまる場合は、自宅ケアは一旦ストップし、動物病院を受診してください。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 「臭い=汚れている」ではなく「臭い=トラブル発生」と捉えてください。
なぜなら、健康な犬の耳は本来、ほとんど無臭だからです。異臭を感じたら、洗浄液で洗い流そうとする前に、まず獣医師に耳の中を見せてください。早期発見なら、点耳薬ですぐに良くなることが多いですよ。
失敗しない道具選び:絶対に「アルコールフリー」を選ぶ理由
「拭くだけケア」を成功させるために、道具選びも非常に重要です。
特にイヤークリーナー(洗浄液)選びでは、「アルコールフリー(低刺激)」のものを選ぶことが絶対条件です。
アルコール入りは「痛み」の原因になる
市販のイヤークリーナーには、乾きやすくするためにアルコール(エタノール)が含まれているものがあります。
しかし、アルコール成分と耳の痛みには密接な関係があります。
もし愛犬の耳に目に見えない小さな傷や炎症があった場合、アルコール入りの液を使うと、傷口に消毒液をかけた時のように「しみる!」という激痛が走ります。
これが、愛犬が耳掃除を嫌いになってしまう最大の原因の一つです。
📊 比較表
失敗しないイヤークリーナーの選び方
| 特徴 | アルコールフリー(低刺激) | アルコール入り(速乾) |
|---|---|---|
| 刺激 | ほとんどない(水に近い) | 強い(傷があると激痛) |
| 乾燥性 | やや乾きにくい | すぐ乾く |
| おすすめ | 初心者、肌が弱い犬、外耳炎の疑いがある犬 | ベテラン、健康な耳の犬 |
| メリット | 犬が嫌がりにくい、毎日使える | 蒸れにくい、殺菌作用がある |
初心者の飼い主さんは、パッケージの裏面を見て「エタノール」や「アルコール」の記載がないもの、あるいは「低刺激」「敏感肌用」と書かれたものを選んでください。
痛みがなければ、愛犬は耳掃除を「気持ちいいマッサージ」として受け入れてくれるようになります。
よくある質問:頻度は?綿棒は?
最後に、診察室でよく聞かれる質問にお答えします。
Q. 耳掃除の頻度はどれくらいがいいですか?
A. 月に1〜2回で十分です。
先ほどお話しした通り、犬には自浄作用があります。汚れが目立たないなら、何もしないのが一番です。「シャンプーのついで」くらいの頻度で構いません。毎日やるのは明らかにやりすぎで、皮膚のバリア機能を壊してしまいます。
Q. やっぱり綿棒を使ってはダメですか?
A. はい、お家での使用はおすすめしません。
獣医師が処置として使うことはありますが、それは耳の中の構造を熟知し、専用の器具を使っているからです。
一般の方が綿棒を使うと、汚れを奥に押し込むだけでなく、愛犬が急に動いた時に耳道を突き刺す事故が非常に多いです。リスクを冒してまで綿棒を使うメリットはありません。
Q. 耳毛は抜いたほうがいいですか?
A. 素人が抜くのはやめましょう。
トイプードルなどは耳毛が生えますが、無理に抜くと毛穴が炎症を起こし、そこから細菌が入って外耳炎になることがあります。トリミングサロンや動物病院で、プロにお任せするのが安全です。
まとめ:耳掃除はスキンシップの時間。無理せず愛犬との絆を深めよう
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「洗浄液をドボドボ入れなきゃいけない」という呪縛から、少し解放されたでしょうか?
- 耳掃除は「見える範囲を拭くだけ」で100点満点。
- 酸っぱい臭いや黒い耳垢は「病気」のサイン。掃除より病院へ。
- 道具は「アルコールフリー」を選んで、痛みを防ぐ。
この3つさえ覚えておけば、もう迷うことはありません。
耳掃除は、単なる汚れ落としの作業ではありません。
愛犬の体に触れ、健康状態をチェックし、「気持ちいいね」と声をかける大切なスキンシップの時間です。
もし愛犬が嫌がったら、その日はすぐにやめても大丈夫。
「今日は耳を見せてくれたからOK!」と自分を褒めてあげてください。
無理をせず、あなたと愛犬のペースで、リラックスしたケアを続けていきましょう。
参考文献
- 犬の耳掃除は必要?頻度・やり方のポイントを解説 – アニコム損保
- 犬の耳の病気:原因・症状と管理 – ビルバックサービス
- 飼い主のためのペットフード・ガイドライン – 環境省
ライター紹介 Writer introduction
いずもいぬ
管理人:いずもいぬ(五十代前半) 家 族:子供1人とワンコの4人家族 居住地:大阪の出身で東京生活を踏まえ、現在は山陰で田舎暮らしをしています。 犬の健康管理や躾について、愛犬のラブラドールレトリバーとの経験を交えてご紹介しているホームページになります。