
[著者情報]
この記事を書いた人:高梨 雄太(獣医師)
小動物臨床歴15年。一般内科・外科に加え、予防医療アドバイザーとして活動中。年間300件以上の避妊・去勢手術を執刀。「飼い主様の不安な心に寄り添い、納得できる選択をサポートする」をモットーに、日々診療にあたっている。
「そろそろ避妊手術を考えてくださいね」
ワクチン接種の際、獣医師からそう言われてドキッとしたことはありませんか?
まだ生後5ヶ月。あどけない顔で元気に走り回る愛犬を見ていると、「こんなに元気な体にメスを入れるなんて…」と胸が締め付けられるような思いになりますよね。
不安になってネットで検索すると、「手術して後悔した」「自然のままがいい」「麻酔が怖い」といったネガティブな言葉が飛び込んできて、余計にどうすればいいか分からなくなってしまった——。
もしあなたが今、そんな葛藤の中にいるのなら、この記事はあなたのためのものです。
獣医師としての結論を先にお伝えします。トイプードルの避妊手術は、「初回発情前(生後6ヶ月頃)」に行うのが医学的にベストな選択です。
実は、ネット上で見かける「手術による健康被害(骨肉腫や関節疾患など)」の情報の多くは、ゴールデンレトリバーなどの「大型犬」に関するデータであり、トイプードルには当てはまらないことが最新の研究で分かっています。
この記事では、トイプードルに特化した最新のエビデンスと、私が診察室で多くの飼い主様にお話ししている「本当のリスクとメリット」を包み隠さずお伝えします。
読み終える頃には、愛犬のために自信を持って「最善の選択」ができるようになっているはずです。
「かわいそう」と迷うあなたへ。獣医師が手術を勧める本当の理由
「痛い思いをさせるのがかわいそう」
そのお気持ち、痛いほどよく分かります。
それはあなたが愛犬を家族として深く愛している証拠です。
私たち獣医師も、動物が好きでこの仕事を選んでいますから、不必要な痛みを動物に与えたいとは決して思いません。
それでも、なぜ私たちが心を鬼にして「若いうちの手術」を勧めるのか。
それは、避妊手術が「健康な体を傷つける行為」ではなく、「将来必ず訪れる命に関わる病気を、最も安全な時期に取り除く予防医療」だからです。
避妊手術をしない場合、メス犬は高齢になると「子宮蓄膿症(しきゅうちくのうしょう)」という病気にかかるリスクが跳ね上がります。
子宮の中に膿が溜まり、発見が遅れれば命を落とす恐ろしい病気です。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
[EBIボックス]
【結論】: 「かわいそう」という感情で手術を先延ばしにすることこそが、将来的に愛犬を最も苦しめる結果になりかねません。なぜなら、私は臨床現場で「若い頃に手術しておけばよかった」と涙を流す飼い主様を数え切れないほど見てきたからです。10歳を超えて子宮蓄膿症になり、心臓も弱った状態でイチかバチかの緊急手術を行うリスクと、若く健康な5ヶ月齢で行う予定手術の安全性は、比べものになりません。今の「かわいそう」を乗り越えることが、10年後の愛犬の命を守るのです。
【最新データ】トイプードルに「早期手術のリスク」はありません
あなたがネット検索で目にしたかもしれない「早期に避妊手術をすると、骨肉腫(骨のがん)や関節疾患のリスクが高まる」という情報。
これが手術を躊躇させる大きな原因になっていませんか?
ここで、トイプードルの飼い主様にどうしても知っておいていただきたい事実があります。
トイプードルと大型犬では、手術によるリスクの現れ方が全く異なるのです。
世界屈指の獣医学研究機関であるカリフォルニア大学デービス校(UC Davis)が、35犬種を対象に行った大規模な調査(Hart et al. 2020)があります。
この研究において、トイプードルは、生後6ヶ月未満や1歳未満で避妊手術を行っても、関節疾患やがんのリスクが増加しないことが証明されました。
一方で、ゴールデンレトリバーやジャーマンシェパードなどの大型犬種では、確かに早期手術によって関節疾患のリスクが増加する傾向が見られました。
つまり、ネット上の不安な情報は「大型犬の話」であり、あなたの愛犬であるトイプードルには当てはまらない可能性が極めて高いのです。

トイプードルのメスにおいて、1歳未満での避妊手術による関節疾患(股関節形成不全など)およびがん(リンパ腫、肥満細胞腫など)の発生率に有意な増加は見られなかった。
出典: Assisting Decision-Making on Age of Neutering for 35 Breeds of Dogs – Frontiers in Veterinary Science, 2020
なぜ「初回発情前(生後6ヶ月)」なのか?99.95%の予防効果
リスクがないことは分かりましたが、ではなぜ「今(生後5〜6ヶ月)」でなければならないのでしょうか?「1歳を過ぎてからでもいいのでは?」と思うかもしれません。
ここで重要になるのが、「初回発情(First Estrus)」と「乳腺腫瘍(Mammary Tumors)」の密接な関係です。
乳腺腫瘍は、メス犬に非常に多い腫瘍の一つで、その約半数は悪性(がん)です。しかし、この恐ろしい病気は、避妊手術をするタイミングによって劇的に予防できることが分かっています。

ご覧の通り、初回発情を迎える前に手術をすれば、乳腺腫瘍の発生率は0.05%、つまり99.95%予防することができます。
しかし、たった一度でも発情を迎えてしまうと、発生率は8%に跳ね上がり、2回目以降では26%まで上昇してしまいます。
トイプードルの初回発情は、個体差はありますが生後6ヶ月〜8ヶ月頃に訪れることが多いです。
だからこそ、まだ発情が来ていない生後5ヶ月〜6ヶ月の今が、愛犬の将来を守るための「ラストチャンス」であり、ベストタイミングなのです。
麻酔・痛み・術後の変化…よくある不安に正直に答えます
頭では理解できても、やはり手術そのものへの不安は尽きないものです。
ここでは、診察室でよくいただく質問に、獣医師として正直にお答えします。
Q1. 全身麻酔で死んでしまったりしませんか?
A. リスクはゼロではありませんが、限りなく低くコントロールできます。
健康な犬における麻酔関連の死亡率は約0.05%(約2000頭に1頭)というデータがあります。これは極めて低い数字ですが、ゼロではありません。
しかし、このリスクの多くは、持病がある場合や高齢犬の場合が含まれます。若くて健康なトイプードルに対し、しっかりとした「術前検査(血液検査など)」を行ってから麻酔をかければ、リスクはさらに低く抑えることができます。
Q2. 術後の痛みで苦しみませんか?
A. 最新の獣医療では、痛みの管理(ペインコントロール)を徹底しています。
「動物は痛みに強い」というのは昔の迷信です。現在は、手術前から鎮痛剤を投与し、術中・術後もしっかりと痛み止めを使うことが標準的です。
実際、手術翌日には尻尾を振ってご飯をねだる子がほとんどです。「思ったよりケロッとしていて安心した」とおっしゃる飼い主様が多いですよ。
Q3. 手術をすると太りやすくなりますか?
A. 太りやすくなりますが、飼い主様の管理で防げます。
卵巣を摘出すると基礎代謝が落ちるため、確かに太りやすくなります。しかし、これは「食事量」と「運動」で完全にコントロールできる問題です。
手術後は、獣医師と相談してフードの量を1〜2割減らすか、避妊去勢後用の低カロリーフードに切り替えることで、適正体重を維持できます。肥満は手術のせいではなく、術後のケア次第で防げるのです。
失敗しない動物病院の選び方と、手術までの段取り
最後に、安心して愛犬を預けられる動物病院を選ぶポイントをお伝えします。
近いからという理由だけで選ばず、以下の点を確認してみてください。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 「術前検査」と「インフォームドコンセント(説明と同意)」を重視している病院を選びましょう。
なぜなら、安全な麻酔には事前の健康状態の把握が不可欠だからです。「若いから検査なしで大丈夫」という病院よりも、「万全を期すために血液検査をしましょう」と提案してくれる病院の方が信頼できます。また、メリットだけでなく、麻酔のリスクや術後のデメリットについても隠さず説明してくれる先生は、誠実なパートナーと言えるでしょう。
手術までの一般的な流れ:
- 相談・予約: まずは電話か診察で「避妊手術を考えている」と伝えます。
- 術前検査: 手術の数日〜数週間前に、血液検査などで健康状態をチェックします。
- 手術前日: 夕食以降は絶食(お水はOKの場合が多い)の指示があります。
- 手術当日: 午前中に預け、お昼頃に手術。問題なければ夕方にお迎え(日帰り)か、1泊入院します。
- 抜糸: 術後1週間〜10日頃に抜糸をして完了です。
まとめ:愛犬への最初のプレゼント。勇気を出して、病院へ相談を
トイプードルの避妊手術について、大切なポイントを振り返りましょう。
- トイプードルには、早期手術による関節疾患やがんのリスク増加はない(大型犬とは違う)。
- 初回発情前(生後6ヶ月頃)の手術で、乳腺腫瘍を99.95%予防できる。
- 麻酔や痛みのリスクは、適切な医療管理で最小限に抑えられる。
今、あなたが感じている「かわいそう」という迷いは、決して間違いではありません。
でも、その迷いの先にある決断が、愛犬の15年、20年という長い犬生を、病気の苦しみから守ることにつながります。
避妊手術は、飼い主さんが愛犬に贈ることができる、最初の、そして一生モノの「健康のプレゼント」です。
生後5ヶ月の今なら、まだ間に合います。
まずはかかりつけの動物病院に電話をして、「避妊手術の相談をしたいのですが」と伝えてみてください。
その一本の電話が、愛犬との長く幸せな未来への第一歩になります。
[参考文献リスト]
- Hart, B. L., et al. (2020). Assisting Decision-Making on Age of Neutering for 35 Breeds of Dogs. Frontiers in Veterinary Science.
- Schneider, R., et al. (1969). Factors influencing canine mammary cancer development and postsurgical survival. Journal of the National Cancer Institute.
- Brodbelt, D. C., et al. (2008). The risk of death: the confidential enquiry into perioperative small animal fatalities. Veterinary Anaesthesia and Analgesia.
ライター紹介 Writer introduction
いずもいぬ
管理人:いずもいぬ(五十代前半) 家 族:子供1人とワンコの4人家族 居住地:大阪の出身で東京生活を踏まえ、現在は山陰で田舎暮らしをしています。 犬の健康管理や躾について、愛犬のラブラドールレトリバーとの経験を交えてご紹介しているホームページになります。